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小屋の旅 011 (ネコ笑う小屋)

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11.ネコ笑う小屋

 狭い谷間を切り開いた田んぼを、その後畑に転用したところにぽつんと一棟、小さな小屋が建っている孤高の風景です。周囲の雑木林が田畑まで迫って日照時間は限られ、耕作地としてはあまり優れた環境ではありません。荒廃した山をきれいに整備すれば、それでも少しは日当りがよくなるはずですが、里山が利用されなくなったことから自然のなすがままにおかれ、いまでは人間よりもイノシシにとって快適で暮らしやすいところになっています。

 最初にこの小屋を目にしたとき、なぜこのような雑然としたところに、こんなに洗練された小屋があるのか、いささか場違いな思いを抱いたもので、蝶ネクタイをして農作業をしている感じです。この小屋はまちがいなくここで建てられた建物ではなく、別のところから運ばれてこの地にやってきたものです。大きさが1.5メートル四方ほどと小さいにもかかわらず、白い漆喰壁に屋根瓦といった、たいへんゴージャスな造りで、「とりあえずモノが入ればいいや」といった畑でよく見かける物置とは、比べるまでもありません。たぶんどこかの家庭で「灰小屋(灰納屋)」として使われていたものが、その役目を終えてこの畑に来て働くことになったのだと思います。

 家の囲炉裏などから出る灰を貯蔵するところが灰小屋です。ただ全国のなかには灰の保存だけではなく、灰小屋で灰をつくったりするところもあったようですが、写真の小屋は灰の貯蔵専用です。灰には肥料になるカリウムなどが含まれ、化学肥料が普及するまでは大いに使われたもので、富山県の場合、それを貯蔵する灰小屋は、家の庭先などに建てられ、母屋から少し離して置かれるのが一般的だったようです。これは万一、灰小屋からの出火で母屋が類焼するのを防ぐためだといわれています。火が消えたと思っても火種が残っていたりする灰は、油断できない存在で、当然、小屋の内部は土壁で塗り固めた防火構造になっています。

 「婿は大名から、嫁は灰小屋から」ということわざがあり、「嫁は自分の家より低い家柄から貰うと、謙虚でよく働くために家が栄える」という意味だそうです。古い歴史があるとはいえ灰小屋は、粗末な建物というのが世間の相場だったようです。ところが写真の灰小屋はそのようなお粗末な造りとは正反対で、民家を思わせるまことに格調高いものです。これは灰小屋を建てた家が立派だったからです。庭先に建てる灰小屋は、どうしてもその家の母屋と外観的に釣り合うような意匠にするからです。そんな灰小屋は、かつて家庭で飼われていたニワトリが好きな場所で、灰のなかで好んで卵を産むことから、ニワトリ小屋と灰小屋を兼ねたユニークな小屋も存在したといいます。実は「けっこう毛だらけネコ灰だらけ」という寅さんのセリフでおなじみのネコも、温かい灰が大好きな動物で、囲炉裏のなかへ飛び込んでやけどをしたネコが多数いたほどです。そんなネコは灰小屋を見逃すはずはなく、“天国、極楽、灰小屋だ!”とばかりに格好のねぐらにしていたのではないでしょうか。ニワトリは私たちの周囲から姿を消して久しく、いまこの灰小屋、いや極楽がなくなってもっとも悲しんでいるのは、世のネコたちかもしれません。