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小屋の旅 012 (残雪の小屋)

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12.残雪の小屋

 信州の大町にある仁科三湖のひとつ、青木湖のほとりに建つ小屋です。3月下旬に訪れたときのもので、すでにスキーシーズンも終盤で、かといって春の桜にはまだ早いといった気候的にも行楽的にも中途半端な季節で、どこを探してもあまりパッとした小屋は見当たらないと思いつつ、唯一、気になったのがこの小屋です。青木湖のキャンプ場近く、薄暗い森のなかで残雪の弱々しい照り返しを受けながら、どこか艶かしいオーラーを放っている建物で、昭和初期のサナトリウムを連想させるところもあり、「早春賦」の安曇野にピッタンコです。

 カラマツが多い信州にあって、湖畔のこの森はスギかヒノキの林で、冬に落葉しないために森のなかは年中薄暗く、このような環境で小屋に赤茶色の波トタンでも使おうものなら、さらに暗澹としてくるうえ、汚れた残雪と相まって不潔な様相さえ呈し、見るに耐えない風景になるところですが、この小屋はそのようにはなっていません。外壁の薄緑色の波トタンがやや陰気とも思える森の暗い冷気を逆手にとって、見事なまでに自身を引き立てています。

 ただ、気になるのは小屋の用途です。まだ現役で、側面には信州でよく見かけるハシゴまで付帯しています。電気も引いてあるようで、本格的な納屋造りですが、林業の作業と関係があるのでしょうか。たしかに「杣小屋」「きこり小屋」が存在した時代もあったとはいえ、現代にあって杣小屋のようなものがはたして必要なのかどうかです。とはいえ林業といえば、植林に下草刈り、枝打ちに伐採といった作業をすると思いますが、その休憩用を兼ねた道具置場として使っているのかもしれません。ただ、周囲にキャンプ場があることから、それに関係するたんなる物置小屋だったりしてもおかしくはありません。かなりかけはなれた小屋のイメージですが、小屋にはさまざまな使い道があり、特定するのが難しいところです。小屋の持ち主ですら、自分がどのような目的で建てたのか、すっかり忘れているケースもあるほどですから。

 残雪もこの小屋の特徴をなすものですが、おそらく北国で雪が好きだというひとはまずいないでしょう。雪景色はたしかに美しいものですが、その感動を帳消しにしても余りあるほどの苦痛も雪には伴い、実際に屋根雪下ろしによる転落事故、屋根からの落雪での下敷きといった悲劇があとを絶ちません。「暑中見舞い」の本来の意味は、蒸し暑い夏場をなんとか乗り切ってほしいと、命の安否をたずねる深刻な便りですが、寒い、暗い、雪という三重苦の雪国にあっては、夏に加えて冬にも「寒雪見舞い」のようなものがほしいところです。それが春近しともなると、三重苦の重石が取り除かれ、「この冬もなんとか火葬場のお世話になることもなく、無事、春を迎えることができそうだ」と、ホッと胸をなぜおろす本人やその身内も多いはずで、安堵の開放感がともなった喜びが訪れることになります。その予兆となる残雪に佇むちょっとハッピーな小屋というわけです。