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小屋の旅 013 (妖精の小屋)

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13.妖精の小屋

 どんよりと雲がたちこめた日ですが、鬱積した空気が冷たく無言でおおいかぶさって、ちょっとイライラしてくる空模様です。この重苦しい気候風土はいかにも日本海側の専売特許といったところで、猫などもこんな日はけっして空を見上げたりはせず、ただうつむき加減に散歩するのが日課です。冬でもなければ春でもない、かといって秋でも夏でもという北陸が中腰になったような季節に佇む小屋です。

 写真手前の水があるところは田んぼで、粘土質の土壌のために秋から春にかけてはこのように水を張っておくそうです。普通の田は、収穫を終えると翌春まで干すのが習わしですが、ここは反対です。田に水がないとひび割れが発生し、田植え時期に使い物にならなくなるのだと、以前に聞いたことがあります。そんな田んぼの背後の小屋は見てのとおりの温室ハウスで、造りがとても立派です。ただ、この建物はいっけん新しく見えますが、屋根の一部が破損しているなど、放置された廃墟のようでもあります。それでも美しく見えるとすれば、北陸独特の湿った密度の高い空気によるものなのかもしれません。

 この小屋がある村は、かつては氷見市でも屈指の棚田で栄え、その後に干し柿生産にも手をだしたようです。温室は野菜などの栽培用ではなく、干し柿の柿を乾燥させる小屋として使っていた遺構ではないかと思います。よくできた干し柿は甘党でなくても手が出るほどのおいしさで、わが国が誇る最上のスイーツですが、その“最上”のスイーツづくりに挑戦した村人の夢のあとが、こうしていまは妖精となってあらわれている、と考えることもできます。それにしても不思議な雰囲気をもった小屋で、足もとが地面に定まっておらず、大地から浮遊しているようにも見えます。地に足がないということは幽霊のようなものです。月明かりのなかで見るとさぞ怖いだろうと思う反面、むしょうに闇夜に浮かぶ姿も見てみたくなるような衝動にかられます。

 実は私が小屋の写真を撮り始めたのは、この妖精のような小屋がある山奥でのできごとがきっかけです。それはハサ木の廃材を骨組みにしたほんとうに粗末な小屋で、いまにも倒れそうに傾きながら、永遠に立っているかのようにも見えてくる不思議な傾き具合から、思わず立ち止まって見入ってしまった経験があります。ただ当時は小屋などにはまったく興味がなく、「いい感じで立ってるな」と思っただけです。その後、どうしても忘れられず、2、3年ほど経てからもう一度訪ねたところ、小屋の姿はなく、場所もおぼろげで、「たしかこの県道から集落へ入るこのあたりだったはずだが」と探してみましたが、見つけることができませんでした。そのときに村のなかへ入っていき、出会ったのがこの写真の白い小屋です。その後も何回となくこの村に足を運んでいますが、最初に出会った小屋は二度と見ることができなく、私にとっては幻の小屋になっています。