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小屋の旅 016 (ひとりユートピアの小屋)

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16.ひとりユートピアの小屋

 写真左下に見える小さな小屋は、急な坂道を50mほど登ったところに建っているもので、すぐ上には田んぼが広がっています。ほ場整備のされていない昔ながらの懐かしい棚田です。小屋のほうは間口が1間余り、持ち主がみずから手作りで建てたものと思われ、素人にしては上手に造ってあります。もちろん稲作で使うための施設ではなく、その横にある畑用です。

 小屋や棚田の一帯は地形的に特徴があって、大きな谷間のなかにある単独峰のような小高い山を棚田に開墾してしたところです。写真は谷をはさんで撮っていますが、菜の花越しに見える田んぼは、その山頂部を削って台地にしたもので、裾野にも棚田が階段状に広がっています。この台地での稲作は、耕作者が高齢のために撮影した年が最後となっています。毎年ここを訪れていますが、これだけ菜の花がいちめんに咲き誇っていたのは、この年だけです。翌年から棚田にスギの苗木が植えられ、ゆっくりと田んぼからもとの山へ、人の手から自然へと帰っています。

 この小屋で少し気になるのは建っている場所です。本来なら台地の上にある畑の片隅に造ったほうが、畑仕事にはなにかと都合がよかったはずです。それなのにこの場所になったのは、ひとつに軽トラが畑まで行くことができず、建築材の運搬が困難で、妥協してここになったというものです。また、大きな谷間のなかにある高台なので、谷を抜ける強風のリスクも考えられます。突風が吹くと小屋が飛ばさせる恐れから、それを避けるためにこの場所にした可能性もあります。いずれにしても少し遠慮がちに、中途半端な場所に建っていますが、これも城などと小屋とのよってたつところのちがいなのでしょう。

 台地の棚田には水が張られ、これから最後の米づくりがはじまろうとしているところです。右横の畑ではすでに野菜づくりが始まっているようで、その奥に2本の梅の木が花を咲かせています。観賞用ではなく、梅干しの原料となる実を収穫するためのものです。2本の梅の木の真ん中にぶどう棚らしきものも見えます。夏はこの棚の下で休憩をとったりするのでしょう。さらにその奥は植林した里山へと続きます。これで柿の木などでもあれば、1970年代以前の農家の庭先を彷彿とさせるものがあり、その理想のかたちをここで実現している、まさに箱庭のような光景です。小屋の持ち主は、ここに自分の小さなユートピアをつくっているのかもしれませんが、ストレス、認知症、TPP、株、為替といったものとは、まったく無縁な方なのでしょうね。咲き誇る菜の花のように。