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小屋の旅 021(白い小屋)

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21.白い小屋

 富山県氷見市の角間という集落を抜けると突然、すり鉢状に広がったダイナミックな風景が目に飛び込んできます。かなり急な傾斜地に棚田がいまも相当数が健在で、そのなかにひとびとの営みがあって、小屋もいくつか元気な姿を見せています。住民はどこへいくにも坂を上がったり下がったりと、暮らしのなかに坂道と緑の自然が組み込まれた健康づくりにはよさそうなところです。写真の左下からのびる道路は、氷見市街から能登半島へ抜けるかつてのメイン街道で、山稜の中央部を切り開いた荒山峠へ、急峻な坂道を蛇行しながら駆け上がっています。標高が400mほどの峠を越えると能登で、明治中期に米国の天文学者パーシヴァル・ローウェルがここを通って能登へ入ったことを紀行文に残していますが、当時から難所として知られた峠道だったようです。

 その道路沿いに建つ白い小屋は、1階はクルマの車庫か農機具の格納庫、2階は物置になっているのでしょう。小屋の上のほうに数軒の家がありますが、県道からその集落への道はクルマのない時代に造られたもので、道幅が狭いうえに急な坂道になっていることから、積雪期などはクルマによる通行が危険なために、白い小屋を車庫として使っているのかもしれません。ただ、けっこう往来のある道路沿いの建物にもかかわらず、道とのあいだにクルマ寄せのスペースがないのは、物置としての使い勝手を考えた場合どうなのでしょうか。建物は、外壁と屋根に波板を打ちつけただけの簡素な造りで、その波板も経年によって白く変色しています。この劣化が功を奏しているといってはなんですが、短くカットした屋根ひさしとあいまって、シンプルでアカ抜けした表情をつくりだしています。

 写真の左上にもうひとつ白い小屋が見えます。こちらはかなり大規模な建物で、しかも右下の小屋とは対照的で、パッチワークのような壁や窓など、手作り感が魅力的な小屋です。ここからでは遠くてその様子がはっきりと確認できませんが、このへんの集落は牛を飼っているので、用途としてはおそらく牛舎ではないかと思います。この建物をなんとか間近で見てみたいと思い、クルマで小屋の近くの住宅地あたりまで行ったのですが、道幅が狭いうえに急坂で、カーブもきついといった道路事情から、とても私の運転では無理だと判断して県道沿いの白い小屋まで引き返しています。これも棚田の頂きにあって、なかなかいい風景をつくりあげている小屋だと思います。

 写真をよく見ると、 急な傾斜地に住宅もけっこうたくさん建っています。しかし、なぜか人間が暮らす家やひとの存在が希薄というか、完全にかすんでしまっています。稼ぎの大半を家に投資する土地柄なので、住宅などは大きくて立派なものばかりのはずですが、それでもまったく印象が薄く、さっぱりです。これで2棟の白い小屋がなかったら、“地味な村”を通り越して、明かりが消えた谷間のさみしい集落といったことにもなりかねませんが、そんな窮状を小屋は救っているかのようです。毅然として力強く、白鳥のような気高ささえ、といえば少し誇張になりますが、そのようなものもかすかに伝わってきます。私はクルマでときどきこの峠道を利用しますが、実は道路沿いの白い小屋というのは、近くで見るとなんの特徴もない退屈な建物です。白っぽくてのっぺりしているので、なおのこと目立たなく、真横を何回通っても見過ごしてしまうほどです。ところがこうして、集落から少し距離をおいて眺めると、まるで別の建物のようで、突出した美しさと存在感を見せています。