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小屋の旅 023 (平和と小屋)

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23.平和と小屋
 能登半島は小さな漁村の多いところですが、そんな海辺の漁師町ではなく、半島でも内陸の谷間にひっそりとたたずむ小屋で、里山をバックに、小屋の前には自家用だと思われる畑もつくられています。「この畑に小さな物置でもあったら」といった、おそらくささやかな農家の思いがかなったばかりの真新しい小屋の姿です。造りなどをみると、建て主の不器用できちょうめんな性格がよくでていますが、不思議なもので、小屋の前に広がる野菜畑の様子も、どことなくこの小屋の雰囲気と共通する実直なところがあります。同じひとがつくっているのですから、あたりまえといえば、そのとおりですが。

 小屋は、市販のベニヤ板が基本サイズになっていて、それを4枚張り合わせて間口とし、奥行きにはベニヤ板を縦に1枚使っています。そして正面の2枚を扉に使い、小さな建物にしては開口部の広い造りです。このほうがモノの出し入れがしやすいのでしょう。ベニヤ板と屋根とのあいだの軒には、半透明の波板をはめこみ、明かり取りもしっかり確保しています。ただ、屋根まわりの垂木や桟木、それに柱などの骨組みが全体的に細く、見た目に弱々しく見えます。太い建築材は慣れないと扱いにくいことから、このような細い木を使うことになったのかもしれませんが、建て主にとっては、初めての小屋造りだったのでしょう。「うまくいくか」といった、不安な気持ち半分で真剣に取り組んだ様子がちらほらとのぞき、ぎこちなさと初々しさがまざり合った表情が、なんともいえない味をだしています。

 その小屋の横には大活躍したと思われるハシゴと一輪車が、ひと仕事を終えたといった安堵の表情を浮かべながら木々にもたれかかっています。「難儀なものにつきあわされて、やれやれ」といったところでしょうか。よく見ると、小屋はまだ完全に仕上がったわけではなさそうで、スノコ状のものが前に立て掛けてあります。これを室内の床に敷く作業が残っているようですが、それでも外見は一応完成しためでたい門出を、うしろの紅葉が盛大に祝福しています。

 小屋の主は、さっそく収穫物を軒先いっぱいにぶら下げて、実に楽しそうです。うれしさのあまりか、張り切りすぎたのか、いささ吊るしすぎではないかと思いますが、これはいったいどのような植物なのでしょうか。根っこの部分を天日で乾燥させているのはたしかです。薬草にでもするつもりなのか、それにしても量がやたら多いです。この“植物の首吊り”のようなものを家の軒先に堂々とぶら下げたりすると、縁起でもない迷惑な、と家族から総スカンをくらうことだけははっきりしています。家でやりたいが、できなかったという、主の強い願望を、だれにはばかることなく、畑という自分の領分で思いきり吐露させて喜んでいる、そんなお気楽な世界で、こういうのを“ひとり平和の小屋”とでもいうべきなのでしょうか。