小屋の旅 032 (しゃれた小屋)

 

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32.しゃれた小屋

 この小屋は、姿といい、色合いといい、見るからにおだやかな表情をしています。どこかゆったりと遠くを見ているかのようでもあり、“緊張と緩和”ではありませんが、副交感神経をここちよく刺激する癒し系タイプの小屋です。風雪が育んだといえば、聞こえがいいが、早い話が野ざらしによって風化したかたちでしょう。トタンと塩ビの波板をまとった粗末な建物ですが、トゲトゲしさのようなものが影を潜め、どこかやすらかな表情をした地蔵さん、とまではいかないまでも、そのような雰囲気をもった小屋です。

 ひともネコも草木も同じように、それぞれの個体にはひとつひとつ異なる表情があって、これが時間の旅をすることによって少しずつ変容していき、それが生きているということだとすれば、この小屋もまたそれなりに人生を歩んでいることになり、いまもその旅の道中にあって姿を変え続けているはずです。写真を撮ったのはいまから7年ほどまえなので、現在、この小屋がどのような姿になっているのか、と思ったりもしますが、寿命はすべてにあるので、あるいはもうあとかたもなく消えているかもしれません。

 新潟の田んぼのなかにぽつんと一棟だけ建っていたこの小屋は、背が高く、けっこう大きな建物で、みるからに堂々としていますが、蔵のような威圧感はまったくりありません。おおらかな感じで、外壁に経年劣化で白化した塩ビ波板が使われ、これに色よくさびた波トタンとの組み合わせは、赤い屋根と相まって、なかなかいい調子です。屋根の妻部分ひとつとっても、普通は白い波板を下揃えにスパッと水平に切りそろえるところですが、そのような杓子定規なことはせず、手元にある波板の廃材をそのまま生かしながら、中央へいくほど意図的に尻下がりにし、屋根の傾斜角と呼応するように張られています。素材の扱い方が実にうまく、ルーズな造りのようですが、“どっこい”というやつです。しまりのない小屋のなかにあって唯一、正気というか、張りつめた空気を放っているのが赤い屋根です。ここを外壁のように軽く扱うと、雨漏りで建物がもたなくなるので、ペンキを塗るなどしっかり手を入れています。いっけんほったらかしの小屋のようにみえますが、管理はしっかりしているようです。

 機能性を優先にして建てることが多い小屋は、デザイン的には単なる箱になりがちで、この小屋も例にもれず、窓もなければ入口扉も素っ気ないトタン張りの完全な箱モノです。本来は退屈で目障りな建物になってもおかしくありませんが、そうなるのを救っているのが不要になった素材を使った建築素材のテクスチャーだと思います。さらに小屋の横に無造作に置かれた付属物のU字溝、タイヤ、パイプなども名傍役として、シブイ演技をしています。いずれも使い古しの廃品たちで、小屋の主はいつか使ってやろうと保管をしているようです。おもしろいのはハサギで、小屋の主の意に反して1本が斜めに倒れ、波板がめくりているほか、キャタツは裏返しに立て掛けられ、屋根雪下ろしの際にはオーバーハングをよじ登って作業をしなければなりません。小屋本体も付属物もみな消費文化が生みだしたモノの末路によって構成された小屋風景ですが、粗野、貧相、暗いといったネガティブなところがまったくなく、むしろ軽やかで美しいとすら感じます。