小屋の旅 035(秘境の小屋)

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35.秘境の小屋
 新潟県と長野県にまたがる豪雪地帯の秘境、秋山郷で見かけた小屋で、“納屋”とも“蔵”とも呼ばれる、いわゆる物置です。窓はあまり広くなく、また、数もそれほど多くありません。窓の少なさはコスト削減の意図もあるでしょうが、モノを保管する用途を考えてのことだろうと思います。土蔵のような重く、古くさいところがなく、黒とブルーのコントラストが軽快で気高く、しかもモダンな印象を受けます。夏も8月下旬というのに、小屋の周囲にはアジサイの花が真っ盛りで、ほかにも赤,白、黄と、いろんな花々が咲き、それらに囲まれて幸せそうな表情を浮かべています。

 

 建物妻側の壁に2枚の車輪と、なぜか「火気厳禁」の看板、それに蜂の巣がぶらさがっています。大八車の車輪が土蔵の壁などに立て掛けてある光景はよく観光地で目にします。それが意図的に飾られているものなのか、ただ置いてあるだけなのか、どちらとも判別しがたいなげやりな状態で見かけることが多いなかで、この小屋の車輪は少しちがいます。大胆にも重力に逆らって高々と天空を駆けています。これは小屋の装飾として車輪が空を飛んでいるのか、車輪の保管も兼ねた展示なのか、判断に迷うところです。いや、小屋の用途である保管ということを考えると、車輪も純粋にそのような立場にあるとみるべきなのかもしれません。なにせ雪国は湿気が多いことから、地べたに放置しておくとすぐに腐ってしまうので、風通しのよい空中高くに置いているわけです。それにしてもデザイン的にうまく処理されています。

 

 蜂の巣は、よく見ると網をかぶせてあります。これはもう蜂がいない証拠で、飾りとして残してあるようですが、これも不思議です。なぜ残したのかです。網をかける手間を考えると、いっそのこと除去したほうがよさそうですが、やはりディスプレーなのでしょうか。ひょっとして「蔵の周囲に蜂がいて、近寄ると襲われますよ」と、小屋の警護をこの抜け殻の巣に託しているのでしょうか。それにしてもぶっそうなものを堂々と飾っているものです。また、豪雪地帯では、屋根雪の重みで軒先が破損しやすいことから、補強のつっかえ棒をよく見かけます。いわば物理的な強度アップですが、この小屋のつっかえ棒は、それだけではありません。建物全体を美しく、かつ力強く見せるという、美的な補強もやってのけています。

 

 それと、おやっと思ったのが「火気厳禁」の看板で、ひとが集まるショッピングモールや劇場などで目にするものですが、「こんなものが、なぜ山奥の秘境に」と思ったりもします。ましてや小屋の外壁に貼られているところなど、これまで見たことがありません。しかも「これが目に入らぬか」と、強い調子で掲げられ、ひょっとして小屋の持ち主は、金鳥やオロナミンなどのホーロー看板のようなものがお好きで、自慢げに見せびらかしているのでしょうか。いやいや、どうもこれはマジに貼られているようにみえます。山国は森林火災が多いことから、旅人に「タバコのポイ捨てはやめましょう」と、注意をうながしているとか、あるいは小屋本体を放火などから守るための行動なのか。もしくは、そもそもこれは注意喚起の看板などではなく、お守りとして祀っているのではないか、とも考えられます。というのは、かつて屋根の妻飾りや土蔵の目立つところに「水」「龍」といった文字を描き、火除けのお守りにしていた時代があります。すでに過去のものですが、ここは日本屈指の秘境です。あるいはまだその考えが残っていて、「火気厳禁」の看板をその代用として、小屋に掲げていることも十分にありえます。それにしても意味はまったくのチンプンカンプンですが、黒やブルーの壁と相まって、なかなかおしゃれです。