小屋の旅 043 (浜茶屋)
43.浜茶屋
海水浴が大衆のレジャーになったのは昭和も戦後のことだと思います。当時は子供がやたら多い時代でしたが、あまり娯楽もなく、夏の遊びといえば海水浴ぐらいでした。その海水浴場の仮設の休憩所を「海の家」、あるいは「浜茶屋」と呼んでいますが、これは地方によって呼び名が異なるようです。浜茶屋は、江戸時代の旅の休憩所“茶屋”に倣ったようで、東海道五十三次などの浮世絵には、さまざまな茶屋が描かれています。そんな浜茶屋、ここでは屋号が「みゆき」と、昭和の響きがアリアリです。それに加えて、屋根上の看板の字体なども昭和そのもので、懐かしさのあまりに思わず見とれてしまうほどです。昭和から令和に移民した人間が何十年ぶりかに帰郷した感じでしょうか。糸魚川は藤崎海水浴場の浜茶屋ですが、海が遠浅で水もきれいなことから、海のない信州から訪れる人が昔から多いところだそうです。
浜茶屋「みゆき」は、コンパネを敷き詰めた床にゴザを敷き、天井はなくて切妻屋根は波トタン、外壁はスノコ張りといった、これ以上の簡略化が望めないほどシンプルな建物です。昭和に栄えた典型的な浜茶屋タイプだと思いますが、それも2棟連結です。右側の棟はあとから増築したようで、海水浴客でにぎわった時代を彷彿とさせてくれます。シーズンが終わると解体する仮設の建物ですが、屋根やスノコ壁の張りかたなどをみると、手を抜かずにていねいに造られています。少子高齢化で海水浴客そのものが減少し、生活スタイルも変化している時代にあって、このような昭和の夏の思い出をとどめる建物は貴重だと思いますが、看板の「みゆき」も含めて、登録有形文化財にでもして残してほしいものです。
この日は朝の8時過ぎと、海水浴にはまだ早い時間帯のために、浜にはひとがだれもいなく、なんとも静かな光景です。軽トラがとまっているあたりが、「浜茶屋みゆき」の駐車スペースになっているのでしょう。そんな浜茶屋の室内はワンフロアーが基本で、仕切り壁などはもちろんなく、長テーブルが整然と並んだ、ただ広いだけの空間です。そしてゴザが敷かれた床に直接尻をつけて座る床座スタイルでくつろぎます。料理のメニューは手のかからない焼きそば、カレー、ラーメン、うどん、カツ丼、かき氷といったところが定番です。「みゆき」は調理場が建物の端っこのほうに置かれ、2棟連結された極端に細長いフロアだけに、料理を運ぶのが少々大変そうです。そんな忙しくなる1日を前にして、駐車場の受付でもしているのでしょうか、浜茶屋の裏手で椅子に座って所在なげなおばさんの姿があり、その横にモップらしきものが立て掛けられています。なんとも昭和らしい夏の風景というか、きょうも暑くなりそうです。
「御休憩 お食事 浜茶屋 みゆき」という屋根上の看板や、「シャワー施設(温水) 更衣室完備」、それにもうひとつ軒下に「浜茶屋をご利用されない方の駐車はご遠慮ください」と、遠慮がちな看板もかすかに見えます。この大きな建物に看板らしいものはたった3箇所だけで、しかも、伝えたいことだけを言葉少なに示しています。このへんが無口といわれる新潟気質なのかもしれません。不必要であっても看板類を増やしたり、派手なのぼりをあっちこっちに立て、音楽であおり立てるなど、客商売なので、もっとにぎやかに振舞ってもよさそうにと思ったりもします。ここはそのような“お上手”はありませんが、何はともあれ、真っ昼間からアルコールを堂々と飲む場所として、浜茶屋ほどふさわしいところはそんなにありません。刻々と移り変わる海や空を眺めながら飲む生ビールは、やはりうまいでしょうね。