小屋の旅 044(奥飛騨の市場)

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44.奥飛騨の市場
 「平湯 農家直販市場 かかし庵」の看板を掲げている特産品売場の小屋ですが、奥飛騨温泉郷平湯温泉にあります。ここはかつての上宝村で、現在は高山市と合併してその一部になっています。奥飛騨温泉郷はほかにも福地、新穂高、新平湯の温泉地が点在する秘湯として人気があります。なかでも平湯は、松本や高山市街に抜ける要所にもなっていて、標高が1250m、山岳地の温泉郷として知られています。日本アルプス黎明期のウォルター・ウェストンなども入浴しているはずで、昔から上高地や乗鞍への中継点になっています。夏の今ごろは早朝から平湯バスターミナルは大勢で賑わっているはずですが、コロナ禍の今年はどうでしょうか。特産品売場はそんな平湯の温泉施設「ひらゆの森」の駐車場の一角にあります。

 

 「かかし庵」の“庵”とは、「草木や竹などを材料としてつくった質素な小屋」だそうで、それに「山田のなかの一本足のかかし、天気のよいのにみの笠着けて」の童謡の“かかし”をくっつけた「かかし庵」ですが、これがまさにこの地にぴったりです。また、直売所の建物は背後の森の茂みから顔をのぞかせていますが、この自然との共生を感じさせる佇まいは他の直売所にはない魅力で、いかにも山国飛騨らしさしいラフなつくりの小屋です。直売所ではこのあたりで採れる農産品などを販売していますが、そのようなものにあまり関心がなくても、ちょっとのぞいてみようかと、自然と足が向いてしまう、そんな店構え産直市場です。「小屋の旅29」で飛騨の「板蔵」を取り上げていますが、同じ飛騨の小屋でも、それとは真逆のような感じがします。

 

 そこで小屋を見ると、建物があきらかに自家製です。並べている商品もこれまた自家製なので、直販市場にこれほどふさわしい建物はありません。しかも、使われている材料は、屋根の一部のポリカーポネート以外は、これまたすべて地元で手に入るものばかりです。入口正面の柱などは特に傑作で、どうみても近くの川に流れ着いた流木を拾ってきて、そのまま立てただけのものです。まるごと天然の素材といったところで、飛騨の匠の技を加えていない自然そのままです。美しい柱ではなく、切って割って薪にしかならない廃材を、店のもっとも目立つ入口正面柱に堂々と使っているところがかっこいいというか、このような行為はまさに現代アートのようです。

 

 この小屋でもうひとつ目を引くのは、いまではすっかり廃れた昔ながらの屋根で、それこそ高山市街の古民家を集めた「飛騨の里」へでも行かないと見ることができない「クレ葺き」と呼ばれる板屋根です。薄く剥いだ板で葺き、その板が風で飛ばないように重石をのせたもので、飛騨でも雪の少ない地方の伝統的な屋根工法です。合掌造りとは対照的に勾配がゆるく、軽くてびやかなイメージを喚起しますが、このかかし庵ではそれがラフにつくられたところが、またみていて気持ちがいいというか、川から拾ってきた流木をそのまま使った大黒柱との相性も抜群。同じ小屋でも前回の「小屋の旅43 浜茶屋」の几帳面さとは好対照です。その屋根には草などが生えたりしていますが、お客さんである人だけではなく、野鳥や昆虫、植物といった多くの命を呼び寄せ、育てる屋根のようでもあります。