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小屋の旅 028 (六甲おろしと小屋)

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28.六甲おろしと小屋

 この小屋との出会いには忘れられないものがあります。日頃、時間があるときなど、たまに林道をクルマで走ったりすると、よく、この道はどこまで続くのか、ときどき不安になってくることくが多々で、そろそろ引き返そうか、いやいやもうちょっと先へ、といった相反する考えが頭のなかをいったりきたりします。カーナビも地図もなく、頼るのは自分のカンだけなので、心細い思いをしながら昼でも薄暗いスギ林のなかを走ることになるわけです。今回もそんな状況になっていて、やや疲れがでてきたところに視界がひらけ、突然あらわれたのがこの小屋です。

 最初に小屋を目にしたときは、ちょっとした驚きと戸惑いがあったあと、「六甲おろしに、さっそうと」という、阪神タイガースの応援歌が頭のなかに浮び、苦笑したものです。見渡すかぎりの草木の海のなかに、それこそ自分の存在の重さに耐えきれずに沈んでいく小屋のどこに、“阪神タイガース”なのか、と思いながら、少しのあいだ漠然と小屋を眺めていたように思います。慌てるでもなく、さわぐでもなし、かといって泣いているわけでもありません。終わりのときを静かに待っているといった様子の小屋です。

 小屋がある一帯は、完全に雑草や木々に埋め尽くされていますが、実は野球場のかたちをしたくぼみになっていて、小屋が建つ位置は、ちょうど球場のバックネットあたりに見立てることができます。私のいるところはバックスクリーン上部からという関係になり、甲子園球場をそのまま緑のなかに埋め込んだ感じです。撮影している場所は、林道の三叉路になっているところで、道はここから枝分かれして右に弧を描きながら下へおりていき、小屋の背後にまわりこむようにのびています。小屋の右横にちらっと白いガードレールが見えますが、あそこが下の集落へ通じる道です。

 さっそく小屋があるところまでおりていくと、やっとあたりの状況がなんとなくつかめてきて、ここは土の採取場跡の可能性もありますが、おそらくかつては水田だったところのようです。小屋はその入口に建ち、広さが1ヘクタールはあろうかという、けっこう広い田んぼです。私がここまでやって来た道は農道ではなく、立派な林道なので、こんな山奥に水田があったということ自体、びっくりを通り越して仰天なのですが、実はこれには続きがあって、小屋の写真を撮っているすぐ左隣りの高台には、いまも50アールほどの水田がつくられています。この田んぼなどはもう棚田という生やさしいものではなく、“山岳水田”とでも呼びたいほどの秘境の稲作です。どのようなかたがいまもつくられているのか、ぜひ一度お会いしたいと思いながら、何回かここを訪れていますが、いまだに実現していません。その近年まれにみる奇跡の田んぼはさておき、実は初めて自然のなかに消えていく写真の小屋を目にしたとき、なにか違和感のようなものを覚えたのも事実で、それはおそらく、小屋が自然に枯れていく、衰えて朽ちていくといった気配がまったくなく、明るい表情で「あばよ!」、といっているように見えたからかもしれません。