小屋の旅 033(金沢の小屋)
33.金沢の小屋
金沢の市街地から少し離れた森本駅の近辺で見かけた小屋です。近くに能楽堂を備えた老舗の温泉旅館があったりしますが、金沢は加賀藩時代から能や謡曲が盛んだったそうで、それが今日、一般市民にまで広く受け継がれているとのことです。この小屋風景も、そんな金沢の文化的な影響を受けたのでしょうか、なかなかいい感じです。ただ、写真左の畑を耕しているひとと、右側の小屋とはまったく関係のないあいだがらだと思われます。たまたま偶然にも、小屋の隣りで農作業をしているひとがいたので、いっしょに撮っただけです。
その農夫のかたですが、白いシャツに黒のズボン、足もとをスパッツでキリッとかためた装いは、“出で立ち”とでも表現したくなるほど小粋で、やる気、意気込みといったものに、“芝居がかった”ものを加味した独特のスタイルで決めています。頭にかぶっている笠は、本来は僧侶などが使う網代笠のようですが、これだけ大きいと作業に支障をきたすのではないかと、これまた心配になるほどで、まじめな滑稽さもあって、どこか不思議な雰囲気をつくりだしています。
小屋のほうは、母屋から屋根を突き出した“下屋”という構造に大きな特徴があります。野外と屋内の中間領域である下屋には、実利的なメリットが多々あります。雨や露がしのげて風がとおるので、タマネギや大根などの収穫物を干す場として重宝しますし、道具類などをちょっと置くのにも便利です。さらには、屋内でも屋外でもない曖昧な空間なので、空想力や想像力といった雑念、余計なものが入り込む余地があって、きわめて人間くさいところだともいえます。
一般にこの下屋というのは、母屋があってそこに付け足すもので、母屋の付録的な存在です。ところが写真の小屋の場合、下屋の存在が極端に大きく、おまけに前と横に二つも備え、母屋と下屋のどちらが主で、どちらが従なのかわからないほどです。この本末転倒のちぐはぐさは、縁日の屋台のような楽しさをつくりだし、農園全体の空気をにぎやかなものにしているようです。小屋のオーナーの姿は見あたりませんが、おそらく、豊作であろうと、不作だろうと、そんなことにはいっこうに無頓着なかたのようにみうけます。左に見える網代笠のかたとは、だいぶん性格を異にしているように思われ、おもしろいお隣関係です。案外、この両隣、気があうのではないでしょうか。芝居の舞台を目にしているようでもあります。