小屋の旅 037(小屋の冒険)
37.小屋の冒険
金沢方面からの帰途、いつもとちがうルートを通ろうと、津幡からかほく市の山奥に入り、羽咋市に抜けて戻ってきたときに目にした小屋です。奥能登はなんとなく秘境的なムードもあってか、いってみたい気にもなりますが、能登半島でも内灘町から続くかほく市、宝達志水町に至る半島の付け根エリアは、これまたなんとなくですが、ぼんやりとしたイメージしかなく、まったく足を運んだことがありません。けれど、その“ぼんやり”というのは、私にとっては未知のところを意味し、なおかつ「“ぼんやり、うっかり、笑ってごまかす”は、オレの三大得意技じゃないか」ということを思いだし、行き当たりばったりの帰路となったわけです。とにかく暑い日で、小屋も少なく、腹はすくわで、ああ!“さんざん”な土地に迷い込んだものだと思いながら、なんでもいいから撮ってやれ、とカメラを向けたのがこの小屋です。
どこかの会社の壁際で、収納役として働いていたオフィス用キャビネットが、なにを思ったのか、平和で退屈な職場を離れて畑違いの本物の畑にやって来た、そんな唐突でノウテンキな雰囲気の小屋です。畑の珍客を歓迎しているのでしょうか、青空と白い雲、それに大地に根を張った雑草たちも、どこかはつらつとしています。もともと表情に欠けるというよりも、どんな環境にも適応できるように意図的にアイデンティティーを消された工業製品の小屋です。しかし、そんなことではへこたれず、すくっと立ち上がって胸を張り、のっぺりとした表情は隠しようもありませんが、なかなか凛々しい姿をしています。
ところがこのキャビネット小屋、オフィス用ではなく、どうやら軒下などに置かれている小型の物置のようです。一応、防水や防サビなどは施されているものの、基本的に屋内用とさほどかわらなく、自動販売機のような設置方法が基本だと思います。強風や豪雨、大雪といったものにまともに遭うとひとたまりもありません。いわば小舟で大海へ乗りだしたようなもので、小屋の前途を考えると、明るい要素などひとつも見当たりませんが、それはこちらの勝手な思い込みで、本人はまたちがうのかもしれません。からだは小さいが肝っ玉は大きい、勇気あるやっちゃ、あっぱれなやっちゃ、とほめてやるべきか、たんなるバカか、「そんなことはどちらでもいいでしょう」といっているようにも見え、この小屋、やっぱり大物なのでしょうか。
小屋を見ていると、昔、テレビで放送していた木下恵介監督の映画「カルメン故郷に帰る」を思いだします。健康的なリリィ・カルメン役を演じる高峰秀子が高原で踊りまくるシーンが強烈で、あの天真爛漫な踊りの場面だけがいまだに脳裏に焼きついています。おそらく死ぬまで私の頭から離れてくれそうになく、一生、この踊りと付き合っていくことになる予感がします。ただこの映画、あの意気揚々とふるさとに帰ってきた喜びから、高原で自慢の踊りを披露する以外、ストーリーや内容はまったく思い出すことができません。“筋書きのないドラマ”といえば野球ですが、「カルメン故郷に帰る」などをみると、映画も筋書きなどは積極的にないほうが、むしろいいのではないかと思えてきます。社会常識を軽々と突き抜けたリリィ・カルメンのように、小屋もうしろに同志のコンポストを従えて、どこまでも前向きにオレー!です。